ハートシフト

一に知識、二に実践

ハートで生きる人は人生を創造する

ハートシフトし、ハートで生きるようになった人は、人生を創造していきます。

エゴのプログラムから解放され、自由に人生をクリエイトしていくことになります。

どう創造するかは、スピリットの自由です。何も制限はありません。
どう創造するかは誰も分かりません。だからこそ「創造」なのです。

人生を創造する力を持とうとしないとエゴのまま

逆に言えば、自分で人生を創造する力を持とうとしない人は、ハートシフトできません。

「誰かすごい人に変えてもらいたい」
「才能がある人に導いてほしい」
「特別な人に助けてもらいたい」

そういう人はハートシフトできません。

ハートシフトできれば創造しようとする意志が勝手に出てくるわけではありません。

ハートシフトは真に自立するプロセス

エゴは依存するという性質があります。

分離した個でありながら、個で生きていけないため、何かに依存せざるを得ないのです。

エゴからハートへシフトするということは、真に自立するということです。

自立は頼らないことではない

それは「頼らない」「助けを求めてはいけない」ということではありません。
助け合えばよいのですが、依存的な頼り方をしないということです。

その人がいないとダメ、それがないとダメといった頼り方をしないことです。

人生を創造していく力を身につけていくためにも、自分で問題解決していく力を身につける必要があります。

ハートシフトは本サイトだけで完結できる

ハートシフトは、セミナーや個人セッションを受けないと効果が出ないわけではありません。

基本的には本サイトだけで完結できるように作っていきます。

一人ででき、器具とかを使わずに無料でできるようにしています。

お金がないからできないは言い訳

「お金がないからできない」
「才能がないからできない」
「不調を抱えているからできない」

これらは言い訳です。
本音は変わりたくないということに気づいてください。

セミナーに来ても実践がその場限りなら変化しない

もちろん、セミナーには来てほしいので、セミナーはスペシャルなものを提供しますが、それを知らないとハートシフトできないわけではありません。

セミナーに来ても、実践がその場限りであれば変化しません。
セミナーに来なくても、本サイトを読んで、実践していれば変化します。

変化するのは腹に落とせるかどうか

変化するのは、セミナーに来る来ない、個人セッションを受ける受けないではありません。

実践して、本サイトに書いてあることを腹に落とせるかどうかです。

個人セッションに来てくださる方が「よっし~さんのブログで書いてあることや、他の本に書いてあることがようやく腑に落ちてきました」とおっしゃってくれます。

この状態になって、はじめて知識が腹に落ち、身になるのです。

知識は大事だが知識だけでは逆効果になりかねない

知識だけでは意味がありません。

知識は大事です。大幅にショートカットできます。

本サイトに書いてある知識を身につけるだけで相当早い意識シフトができるでしょう。

エゴは知識をエサにする

ですが、エゴは知識を自己価値に利用します。
分かった自分になることで満足します。

分かった自分になって実践しなければ、むしろ何も知らない人のほうがマシです。

エゴは分かった自分を手放さず、それが意識変化の足かせになるからです。

知識はめちゃくちゃ大事なのですが、実践して腹落ちが伴わなければ、かえってマイナスになりかねないことを覚えておいてください。

意識の変化は素晴らしい

腹落ちしたとき、意識が変化します。
意識の変化に伴い、現実(状況・環境)が変化します。

腹落ちして意識が変化したとき、ボクは「意識が広がる」という感覚で捉えていますが、この感覚は本当に素晴らしいものです。

自他のこの感覚を身近で感じたくて、個人セッションをやっているようなものです。

他者の意識の広がりを見たとき、強烈な感動・喜びを感じます。

これを味わってほしいと思います。
そのための知識をめいっぱい出しますので、ぜひ実践してください。

POSTED COMMENT

  1. アバター ひろみん より:

    よく、腑に落ちるとか腹落ちするといいますが、それがどういった感覚なのかわかりません。どういう状態が腑に落ちたということなのでしょうか?

    • よっし~ よっし~ より:

      ひろみんさん、コメントありがとうございます。

      腑に落ちるとか腹落ちするというのは、体感による理解です。
      経験から理解することです。

      知識の理解と経験・実体験(体感)の理解の両方が重要で、多くの場合、知識の理解がまずあって、次に体感の理解があるでしょう。

      例えがいま思いつきませんが、「〇〇という食べ物を食べると便秘に効くよ」と言われたとします。
      そのときに、その理由を教えてもらい、納得したとしましょう。
      この「納得」が知識の理解、つまり、頭の理解、頭の納得です。

      頭での納得が悪いわけではなく、これは必要なステップです。

      でも、これを経験から納得しているわけではありません。
      あくまで、理屈として納得しているに過ぎません。

      その後、実際に〇〇を食べると便秘に効いたとしましょう。

      このとき、「あっ、本当に効いた!」と実感します。
      これが実体験(経験)による理解です。

      例えがあまりよくなくてすみません(笑)

      私は「本音を大切にしてください。本音を出すと楽になれますよ」と言いますが、「本音を出したら楽になる」というのは何となく分かると思います。
      これが頭での納得です。
      そして、実際に本音が言いにくかった場面で言えたときの「実際の感覚」を体験することで、「ああ、こんな感覚になるんだ」と分かることが腹落ち、腑に落ちるということです。

      参考になれば幸いです。

      よっし~(西川佳宏)

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