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孤立はエゴの三大恐怖の一つ
エゴの三大恐怖を覚えているでしょうか?
三大恐怖は、孤立すること、存在価値がなくなること、罪の意識です。
ここでは孤立について書いていきます。
分離しているのだから孤立は当然
エゴは、大いなる存在(すべての創造主)から分離して生まれたと信じています。
キリスト教では原罪と言いますが、アダムとイブが善悪の木の実を食べたことに由来します。
エゴはまさに善悪の価値観を司るものであり、善悪の木の実の象徴と言えるでしょう。
分離している時点で、孤立しているのです。
孤立しているからつながりを求める
広大な宇宙の中で孤立しているようなものです。
それは寂しく、心細いものでしょう。
孤立が根底にありながら、それを強く恐れています。
だからつながりを求めます。
エゴはつながりを持つためのルールを作る
エゴは人とのつながりがないと生きていけません。
孤立することを恐れ、その状態を強く避けようとします。
孤立しないためのいろんな行動原理(プログラム・ルール・価値観)を持ちます。
たとえば、他者に嫌われないように空気を読むなども一つです。
私たちの本質は分離していない
私たちの本質はスピリットであり、スピリットは大いなる存在とつながっています。
無条件の愛の泉とつながっている状態です。
孤立が恐れにならない
その状態では孤立することが恐れになりません。
どこにいてもマイホームのような感じであり、世界がウェルカムなので、つながっていない状態はリアルではなく、物理的に孤立していてもつながっている感覚があるのです。
真の意味でハートで生きている人は、スピリット、魂で生きている人です。
エゴは最小限の機能にとどまり、魂が前面に出ている人です。
そのため、ハートで生きる人は孤立が恐れにならず、ただ喜びを生きることになります。
真に孤立するというのは実は不可能
孤立というのは実は不可能なことです。
すべてが大いなる存在(宇宙エネルギー)なので、本当の意味で孤立するのは無理なことです。本当に孤立していたら存在していないのです。
存在していること自体がつながっている証拠です。
ですが、エゴはつながっていないと思い込んでいます。
孤立を味わってみる
これからはハートシフトの領域になってしまいますが、せっかくなので少し方法を。
孤立をイメージして、孤立を思う存分味わってみてください。
エゴは孤立を非常に恐れているので、それはすごく恐ろしいことだという恐怖を出してくるでしょう。
ですが、イメージするだけで実際には孤立するわけではありませんし、孤立そのものが物理的に不可能だということも思い出してください。
その上で、孤立のイメージを楽しんでみてください。
楽しめないと思いますが(笑)
孤立は喜びである
孤立、あるいは孤独でも見捨てられた状態でも何でもしっくりくるものでいいのですが、それらは必ずしもネガティブなものではないことが分かります。
ネガティブな感覚でもないことも分かります。
孤立の素晴らしさ、孤立の美しさ、孤立の喜びを感じてみてください。
それが分かると孤立を楽しむということが理解できるでしょう。
個であることを受け入れる
あなたは孤立を受け入れる必要があります。
なぜなら、あなたの世界ではあなたの意識しかありません。
他の人の意識に入ることはできません。
ずっと意識とは付き合い続けることになります。
そういう意味では個なのです。
個であることを認め、受け入れ、個が全体であることを知ります。
全体を知るには、個の受け入れが不可欠です。